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バレエ映画レビュー|『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン ~世界一優雅な野獣~ (2016作品)』を観て。

2023/05/24

2017年7月に日本公開となった、世にも稀な才能を持つダンサー、セルゲイ・ポルーニンのダンサー人生を追ったドキュメンタリー映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン ~世界一優雅な野獣~』を観に行ってきました。
 

 
"セルゲイ・ポルーニン"… うっすらお名前は聞いたことはあるけど、どこの国の人?何歳くらい?どこのバレエ団に所属してるんだっけ?とまるで情報を持ち合わせていなかった筆者。どうやら、高校生~社会人の25年ほど続いた筆者の"バレエ休眠期間"の間に現れ、活躍していたダンサーのようです。

5月ごろにテレビの情報番組(『スッキリ!』だったかな?)に、この映画のPRで出演しているのを偶然キャッチ、狭いスタジオで短い踊りを披露しているのを見たとき、ミステリアスな佇まいが印象的な美しいダンサーだなあ…と心に引っかかっていたので、できれば見に行きたいな…、と思っていたのですが、

ちょうど『パリ・オペラ座~夢を継ぐ者たち~』と同時期に・同じ映画館で上映していたので、同じくバレエホリックな姉と一緒に、あさイチからどどーんと2本連続バレエ映画鑑賞!という強行スケジュールで観てきました。

 
 


 
 

どんな映画?

カンタンに映画のあらましを。

基本情報

原題:『DANCER』
監督:スティーブン・カンター
2016年 イギリス・アメリカ
85分 ロシア語・英語(日本語字幕)
 
 

内容(あらすじ)

1989年、ウクライナの一般家庭に生まれたセルゲイ・ポルーニン。4歳から体操を始め、9歳でキエフのバレエ学校に入学。

父親・祖母は彼の学費をまかなうため職を求めてそれぞれ海外に渡り、母は彼のサポートのためキエフに移り住むことに。それ以後、息子のダンサーとしての成長のために家族が払った犠牲は、彼にとって大きな心理的重圧となる。
 
 
その後13歳で英国ロイヤル・バレエ学校に入学。3年の飛び級、ローザンヌでの金賞、YAG(ユース・アメリカ・グランプリ)ではグランプリ受賞、彼の飛び抜けた才能は誰の目にも明らかだった。2007年にロイヤル・バレエ団に入団、2009年19歳の時に同団史上最年少のプリンシパルとなるが、昇格から3年も経たぬうちに突然退団してしまう。

家族がバラバラになったことに対する自責の念、成功への重圧、組織の一員としての自由の効かない生活、時間もエネルギーも、暮らしのほとんどをバレエに費やすことが求められる日々、踊ることはもはや義務でしかなかった。
 
 
その後、ロシアに活動の場を移した彼は、バレエ・ショウのようなテレビ番組で踊るなどして、少しづつロシアでの知名度を上げていく。著名なダンサー、イーゴリ・ゼレンスキーとの出会いにより、ロシアのバレエ団でプリンシパルとして再び脚光を浴び始めた彼だったが、そのうちイギリス時代と同様の虚無感に苛まれるようになり、バレエダンサーとしての引退を決める。
 
 
これを最後に、と『Take Me To The Church』を使ったダンスの振り付けをバレエ学校時代の学友に依頼、渾身の踊りを収めた映像作品がYoutubeで発表されると、センセーションを巻き起こす。この時の踊りと撮影体験、視聴者からのダイレクトな反響は、彼自身の心理状態にも大きな変化を与える。『好きだから、踊りたい』とー。
 
 
 

感想

正直言って、万難排してでも!とまでは思ってなかった映画でしたが、エンドクレジットが流れるあたりではボーゼン自失気味、劇場が明るくなって我に返り『いや~観てよかった!本当に…』と呟きました。

今現在27歳のポルーニンですが、これまでの人生をタイムトラベルして見せてもらい帰還したような感じ。

『なぜ今までノーマークだったんだ!?』と激しく後悔するほど、心をわしづかみにされるダンサーの、心の旅を追った良質なドキュメンタリーでした。

終盤に映し出される『Take Me To The Church』にのせた踊りの場面では、鼻の奥がツンとして目が潤んできてしまった…

 
 
彼の短いメジャーでの活躍期間が、まるっきり筆者の"バレエ休眠期間"とかぶっていたせいもあるのですが、今現在の英国ロイヤルのプリンシパルでも、来日機会がなかったり映像作品に出演していなかったりすると、お名前は知っていても個性を持ったひとりのダンサーとして認識しにくいことを考えると、ダンサーとの出会いは本当に偶然に左右されるなあ、と思います。

この映画をきかっけにまた一人、その踊りを観ているだけで別の世界に連れてってくれるような、今後も注目していきたいダンサーが増えて、シアワセ!

 
 

みどころ

『天才』のターニングポイントを見事に捉えた映画

冒頭の、エナジードリンクやドラッグすれすれっぽい"痛み止め"を飲み下し、タトゥーを化粧で隠してステージに出る様は、まるでロックスターのよう。地位も名声も得ていながら、何のために踊っているのか目的を見失い、退廃的にさえ映る姿は、一般のバレエ・ダンサー像から大きくかけ離れています。

天賦の才を持って生まれたこの子を大成させんと、家族も関係者も、本人の気持ちや意思が置き去りになっているのに気づかぬまま待ったなしで育成に励み、その目的を果たしたと思われたころには、それまで積み重なったひずみが本人をむしばんでいく… 

天才子役などにもありがちな成長の軌跡をポルーニンもたどっていたようですが、『Take Me …』を発表してのち、映画のラスト近くになると、ようやく目の焦点を合わせて自分を見つめるようになった彼がいました。

 
どのような意図をもってこの映画の撮影を始めたのかは定かではありませんが、よくぞこの美しく才能あふれるダンサーの大きな変化の瞬間をキャッチしてくれました!監督やプロデューサーの勘と手腕に脱帽です。

 
 

家族の物語としても良。

何かに抜きんでて秀でるという感覚はわからなくても、家族の自分に対する期待との向き合い方には共感を覚える人も多いと思われるこの映画。

年若いポルーニンにとって重荷となってのしかかった"息子のためならなんでもやる"というご家族の強い思い(学費捻出のために、お父さんはポルトガルに・おばあちゃんはギリシャに出稼ぎに行っちゃうなんて、そりゃあ重いわ…!)、母からの叱咤、それらすべてが家族の情や愛ゆえであることに気づき、徐々に折り合いがつけられるようになった時と、ダンサーとしてのターニングポイントとのタイミングが一致していることに興味を覚えました。

踊ることの目的を見失っていたかに見えた彼ですが、そのひとつを"家族への感謝"に据えたかのように見えた、ラスト近くのご家族との穏やかな表情の交わりが微笑ましかったです。
 
 

子供時代の画像&映像!

ポルーニン家はあまり裕福ではなかったようですが、なぜかビデオカメラが家にあったらしく、マメに録画されたホームビデオ映像や写真が映画の中にたくさん盛り込まれています。お宝映像になることがわかっていたのでしょうか。。すごいぞ・ご両親!

特に印象的だったのは、ロイヤル・バレエ学校時代のレッスン風景。クラスメイトと一緒にセンターレッスンでいろんな種類の回転で構成されたアンシェヌマンを踊っているところだったのですが、そのまんま舞台に上がれそうなほどの完成度の高さ。。。

子供時代にはヒョロヒョロだった身体が、徐々にダンサーらしく形作られていく過程が目に見えてわかるのも、とても興味深かったです。

特に踊りって、言葉で表現するとどうしても書き手の主観が入ってしまうし、こうした映像が残っているって有難いことですね。
 
 

人生でつまずいたときに必要なこと

映画を見ただけでわかったような口はきけませんが、彼が目に見えて変わった理由のひとつに、家族はじめ子供時代のダンスの先生・友人たち、Youtube視聴者などからの、素朴でウソの無い暖かな言葉や幸せな記憶があったのだと思います。

ダンスの先生の元を訪ねて再会の抱擁を交わしたり、子供たちの前で踊って見せたりする場面では、このあったかい先生に会えて本当によかったね…!と目頭が熱くなったし、

かつて一緒に悪ふざけしていたバレエ学校時代の旧友たちの、彼を理解し見守るようなコメントに、いい友達がいるじゃん!と羨ましくなりました。(うち一人は、ダンサーとして注目している英国ロイヤルのズケッティくんだったので、個人的な盛り上がりもあり^^)

そう考えると、天才・凡人関係なく、人生でつまずいた時に大切なことは至ってシンプルで素朴なこと、自分を気にかけ理解してくれる人たちからの、嘘のない素朴な言葉や暖かい態度なんだなあ…なんて思いました。

 
 
 

おまけ(?)

これまでの時間を取り戻そうとネット検索してみたら、色々でてきたのでシェアします^^
 

◆英国ロイヤル・オペラハウス(ROH)の公式サイトより

ROHの公式サイトには、ダンサーはじめ所属するアーティストやスタッフを紹介する『People』というカテゴリが設けられています。退団から何年も経つポルーニンですが、彼に関する記述がまだ残されているのを発見!

リンクはこちら。

リンク切れになってしまっている詳細ページもありますが、そうそうたるダンサー陣との共演写真など、見応えアリ!ですよ。
 
 

◆"The Ellen Show"にも出ていた!

アメリカで知らない人はいない、人気女性コメディアン:エレン・デジェネレスのTVショウ。
超大物ハリウッドスターからちょっと話題の一般人まで、多彩なゲストとエレンの軽妙でユーモアあふれるトークがとても楽しくて、筆者も機会あれば必ず視る番組なのですが、ポルーニンも出演していました!

リンクはこちら

2015年『Take Me To The Church』の踊りがYoutubeでセンセーションを巻き起こし始めたころの映像みたいです。エレンの『バレエダンサーでこんなにタトゥーがあるのって、珍しいよね。大丈夫なの?』との問いに『大丈夫じゃないよ(苦笑)白鳥をこうリフトするとタトゥー隠しのメイクがくっついてエライことに…』なんて話してます。
 
 

◆夢の豪華メンバー!マクレイ・コジョカルとのトリオダンス!

少し古いですが、お宝映像を発見してしまいました…! 2011年のInternational Ballet Festivalにて、スティーブン・マクレイ、アリーナコジョカルとの『Les Lutis』。

リンクはこちら

なんという豪華な顔ぶれ!!!ドリームチームのような3人の踊りです。
 
 

◆俳優としてのキャリアも。映画『オリエント急行』トレイラー

演技を学び、俳優としても活動し始めているポルーニン。ジョニー・デップやジュディ・デンチ(007のM役)など大御所と共に映画『オリエント急行殺人事件』に出演しています。映像はその予告。

⇒リンクはこちら

容疑者のひとり『The Count(=伯爵)』役かと思われます。

 
 

◆2017年6月英国ロイヤルへの里帰り公演がキャンセルに。

この映画公開後の2017年5月、一度は公式発表されていた英国ロイヤル・バレエ公演『マルグリットとアルマン』への客演が、後日キャンセルになっていた、ということをロイヤルオペラハウス公式サイトの記事で知りました。

キャンセルの理由は明かされていませんでしたが、「キャスト変更のお知らせ」記事へのコメント欄(現在は更新さ・削除されています)は、『プロフェッショナルじゃない』『やっぱり…そう来ると思ってた』『彼が観たくてチケット買ったのに!』という声、『(彼のロイヤル復帰を望まない勢力から)政治的な力が働いたんじゃないの?』と理由を憶測するコメント、さまざまな意見が飛び交っているのを見ると、良くも悪くも退団してなお彼への関心が高いことが窺えます。

キャンセルの理由はさておき、バレエ団という組織に属さないバレエ・ダンサーとして、新しい活躍の道を開拓していってほしいものですね。

 
 
 映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン ~世界一優雅な野獣~』について、いかがでしたでしょうか。

The Guardian誌の記事によると、この映画で触れられていない部分として、彼に多大な影響を与えた恋人ナタリア・オシポヴァ(英国ロイヤル・プリンシパル)との関係や、英国ロイヤル在籍時の彼の心境(ロシア人ダンサーを阻害する空気があった)を挙げており、全てがこの映画で語られたとは言えませんが、現代に生きる稀有な才能を持ったひとりのダンサーのドキュメンタリーとして、とても良質でした。バレエに興味がない方にも、おススメです。

 
 
~reverence~

 

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